大学病院を辞めると決めてから最終日まで|5年目看護師、最後の夜勤

辞めるまでの道のり2
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「辞めたいです」

と何度も言いながら、なかなか辞められなかった私。

看護師5年目。

夜勤明けの師長を待ち伏せして、ついに言いました。

「辞めます!」

そこから何度か面談をして、ようやく3月末での退職が決定。

やったーーー!

……とはいえ、退職が決まったのは5月頃。

実際に辞めるのは翌年3月です。

長い、長すぎる。あと約10か月ある。

子どもの頃、

「大人になるまでって長いな……、本当にその日は来るのかな。」

と思っていた時と同じくらい果てしなく感じました。

それでも「3月になったら辞められる」と決まっただけで、ずいぶん気持ちは楽に。

今回は、退職が決まってから最終日までのお話です。

「辞めるらしいよ」早々に病棟にバレる

退職が決まって、まず気になったのが、「みんなに知られるの、気まずい……。」ということでした。

病棟は激務。

「もう無理」

「辞めたい」

そんな言葉が日常的に飛び交っていました。

実際に辞めたいと思っている人も多かったと思います。

そんな中、

「私、3月で辞めます!」

なんて堂々と言える気がしない。

できることなら誰にも知られず、最終日にスッと消えたい。

なんなら、最初からいなかったことにしておいてほしい。

ところが、そんな願いもむなしく早々にバレました。

師長からリーダーへ。

リーダーから他のスタッフへ。

一人、また一人。

気づけば、

「辞めるんだって?」

と声をかけられるようになりました。

そりゃそうです。

退職予定者が出れば、委員会や係の仕事を引き継がなければいけないし、勤務の調整だって必要です。

そして何より、

誰が辞める・誰が入ってくるという話は、シフト表の次くらいにみんな興味がある。

私だってそうでした。

こうして私の退職は、あっという間に病棟の周知の事実となりました。

「辞めるんだって?」と言われるたびにビクビク

退職することが知られてからは、「何か言われるかな……」とビクビク。

「まだ5年目なのに」

「他の病院じゃ通用しないよ」

「こんな忙しいときに辞めるの?」

そんなことを言われるんじゃないかと思っていました。

ところが意外にも、嫌味を言われることはほとんどありません。

日勤や夜勤で一緒になった先輩から、「辞めるんだって?」と聞かれることはありましたが、「私も辞めようかな〜」なんて言われることも。

むしろ「私も辞めようかな〜」なんて言われると、ちょっとした仲間意識まで芽生える。

あれ。思っていたより普通。

ずっとビクビクしていたので、ちょっとホッとしました。

とはいえ、やっぱり気まずいものは気まずい。

特に退職が近づくにつれて、受け持ち人数が少しずつ減ったり、委員会の仕事も新しいことをするより引き継ぎが中心になったりします。

仕事が少しずつ軽くなっていく。

うれしい。

でも、残る人を見ると申し訳ない。

うれしい。

申し訳ない。

……でも、

辞める!!

ここで揺らいではいけません。

「あれ?まだここで働ける?」と思えてくる恐ろしさ

不思議だったのが、退職が決まってからです。

「3月になれば辞められる」

その事実があるだけで、心がものすごく軽くなりました。

嫌なことがあっても、

「まあ、あと○か月だし」

忙しい勤務でも、

「これもあと○回くらいかな」

と思える。

終わりが見えるって、すごい。

さらに退職が近づけば仕事も少しずつ減っていきます。

すると今度は、

「あれ?」

「最近そんなにつらくないかも」

「……まだここで働ける?」

なんて思えてくるんです。

恐ろしい。

いやいや。

つらすぎて「12月で辞めさせてください」とまで言ったじゃないか。

休職まで考えていたじゃないか。

人間、ちょっと楽になると忘れるものなんですね。

危ない危ない。

私は辞めます。

一人じゃなかった。退職仲間が5人!

退職するのは気まずかったですが、大学病院にはスタッフがたくさんいます。

スタッフが多いということは――

辞める人も多い。

その年、同じ病棟から3月末で退職する看護師は、私を含めて5人いました。

同期が1人。

先輩が2人。

後輩が1人。

そして私。

同じ時期に辞める仲間がいたのは、かなり心強かったです。

退職すると、意外とやることがあります。

退職の手続きはどうする?

健康保険は?

年金は?

病棟へのお菓子は?

メッセージカードは?

分からないことを情報交換できる相手がいるだけでも助かりました。

そして病棟には、スタッフ全員分のメッセージカードを書くことに。

「お菓子に一言書いておくだけでもいいのでは……?」

と私は思ったのですが、

「お世話になったから一人ひとり書こう」

ということになり、みんなで手書きしました。

ここで思い知ります。

大学病院、人数多い。

最後の最後まで人数の多さが効いてきます。

みんなでシフト表を眺めながら、

「あと日勤○回!」

「夜勤あと○回!」

とカウントダウンしたのも、今となってはいい思い出です。

そして、人生最後の夜勤へ

退職が近づいてきました。

最終出勤日は日勤だったのですが、不思議なくらい記憶がありません。

それより今でも覚えているのが、

ラスト夜勤。

大学病院を辞めたかった理由の一つが、夜勤でした。

夜なのに眠れない。

人は少ない。

急変は起こる。

ナースコールは鳴る。

患者さんも待たされてイライラ。

スタッフにも余裕がなくなってくる。

そして朝になっても終わらない記録。

私にとって、つらかった勤務の記憶にはだいたい夜勤がくっついています。

もちろん、何ごともない平和な夜勤や、気の合う先輩・同期と乗り越えた楽しい思い出もあります。

でも、何ごともなく朝を迎えられる夜勤は、私の中では奇跡と呼びたいレベル。

だから最後の夜勤は特別でした。

「これが人生最後の夜勤だーーー!」

当時は本気でそう思ってた。

看護師自体を辞めようと思っていましたから。

まあ、その後も看護師を続けるし、夜勤もするんですけどね。

未来のことは分からない。

そんなことを知らない当時の私は、最後の夜勤を終えようとしていました。

夜勤明けの空が、ものすごくきれいだった

長かった夜が終わって、窓の外が少しずつ明るくなっていきます。

いつもなら、

「早く記録終わらせたい」

「日勤さん来た、助けてくれ……」

「帰りたい……」

くらいしか思っていなかった時間。

でも、その日だけは違いました。

病棟の窓から外を見ると、朝日が昇っていました。

きれい。

5年間、何度も夜勤をしてきたのに。

病棟の窓から見る空が、あんなにきれいに見えたのは初めてでした。

「もう、この夜勤をしなくていいんだ」

そう思いながら眺めた朝日。

開放感がすごかった。

……朝日、もちみたい。

5年間の大学病院生活、最後の夜勤。

もう少し感動的な感想はなかったのか。

でも、あの朝の空は今でも覚えています。

うん……、今思い出してもやっぱりもち。

最終日は、意外とあっさり終わった

そして、いよいよ最終出勤日。

勤務は日勤でした。

ドラマだったら、

「5年間お疲れさまでした!」

なんてみんなが集まって、花束をもらって、写真を撮って――。

みたいな場面を想像します。

実際は、

めちゃくちゃ普通の日勤。あまり覚えてないくらい。

病棟はいつも通り忙しい。

しかも、その日が最終日なのは私だけ。

みんな仕事があります。

私も仕事があります。

気づけば勤務終了。

スマホに残っている当日の写真は、たった1枚。

私と、そのときたまたま近くにいた先輩との写真だけです。

「普通、最後ってみんなで写真撮ったりしない?」

と今見るとちょっと笑えます。

かろうじて花束はもらいました。

でも、そんなものなのかもしれません。

5年間あれだけ「辞めたい」「辞められない」と悩んだ大学病院。

最後は驚くほどあっさり。

そして私は、本当に大学病院の看護師ではなくなりました。

自由だーーー!

辞める前は、周りの目が怖かった

退職すると決まったとき、私は周りの反応をかなり気にしていました。

「こんな忙しいのに辞めるの?」

と思われるんじゃないか。

冷たくされるんじゃないか。

迷惑だと思われるんじゃないか。

でも実際には、想像していたようなことはほとんどありませんでした。

むしろ、

「私も辞めようかな」

と言う人までいました。ちょっとした仲間意識さえ芽生えた。

当時の私は、辞めることをものすごく大きなことだと思いすぎていたのかもしれません。

もちろん職場にとって退職者が出れば、勤務調整や引き継ぎは必要になります。

でも、それは私一人が人生を変えてまで背負うことではないのかなと思います。

そして大学病院を辞めた私は、この時点では看護師そのものも辞めるつもりでした。

ところが、現在も看護師をしています。

正社員、夜勤あり、日勤のみ。

いろいろな働き方を経験して、今は週2日のパート看護師です。

振り返って思うのは、

「看護師を辞めたい」と「今の職場・働き方を辞めたい」は、同じとは限らない。

ということ。

大学病院を辞めたことに、後悔はありません。

むしろ、あそこで一度辞めたからこそ、その後いろいろな働き方を知ることができました。

さて。

大学病院から解放された私。

ここから待っていたのは、夢の無職生活です。

好きな時間に起きて、好きな時間に寝る。

最高!

……と思っていたのですが。

健康保険、年金、家賃。

働いていなくても、お金は容赦なく出ていきます。

そして求人を眺め始めた私は、

刑務所、クリニック、そして応援ナース。

大学病院にいた頃には考えもしなかった求人を、次々と見ることになります。

看護師という狭い世界でもいろいろあるものですね。

続きは「大学病院を辞めて無職になった看護師|2か月休んで次に選んだ仕事」に書こうと思います。


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ABOUT ME
さとちゃん
さとちゃん
正社員を手放した看護師ママ
新卒で大学病院に就職。激務や人間関係に耐えられず退職しました。沖縄で応援ナースとして楽しく働く。現在は4歳、2歳の育児中。時短でも大変で正社員からパートにチェンジ。 趣味はイラストと旅行、食べること。ネコが好きです。
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